Tahiti 80 / Puzzle 108円

みなさんはロビー・ファウラーというサッカー選手を知っているだろうか。俺はちょっとだけ知っている。リバプール生まれのストライカーで、90年代後半に活躍したリバプールFCの英雄だ。

地元の労働者階級で生まれ育ったロビー・ファウラーは、リバプール・ユースからトップチームへ昇格するとすぐに得点を重ねてしばらくはチームのエースに君臨。しかしいい時期は長くは続かず、怪我した隙に隣街チェスター出身でユースの後輩、マイケル・オーウェンにサクッとポジションを奪われると、そのオーウェンがあれよという間に世界的にも注目を浴びるほどの大活躍をみせ、たちまちイングランド代表でも替えの利かない存在となる。とんとん拍子にバロンドールも獲得して、オーウェンはトップスターの仲間入りを果たす。
それとは対照的にファウラーは怪我の影響、それとまあ素行の悪さもあってか、子供の頃から慣れ親しんだ地元クラブのリバプールを放出されるという切ない思いを経験している。でもその後、移籍先で復活を遂げ、請われてリバプールに凱旋するんだけどね。

 

というわけでTahiti 80
フランスの一発屋、とは間違っても言えないが、1stアルバムで一発当てた後もいろいろ頑張っててそれぞれ良いんだけど、デビュー時に浴びた脚光というか、発した存在感というか、請け負った役割を同じフランスの同世代であるPhoenixに奪われてしまった感のあるバンド。俺だけの感じ方なのかも知れないが、キラキラっていうか爽やかっていうか、まあそんな感じ。そんな感じを喪失しちゃったイメージ。
だってLaurent Fetisのジャケもメッチャお洒落(2ndなんて特に)だけど、それだけに一生懸命頑張りました感が滲んでるノルマンディーの田舎学生Tahiti 80に対して、憎っくきライバル、Phoenixヴェルサイユ育ち、ダフトパンクとも旧知の仲、Vo.トマの彼女はソフィア・コッポラってんだから、まあしょうがないよね。

 

で、『Puzzle』。Tahiti 80の1stにして全盛期アルバム。2000年発表。知らなかったがこのアルバム、いまから数年前に15周年記念デラックスエディションみたいなのが出てたらしい。最近はなんでもリイシューしちゃうんだな。もちろん買ったのはそんな大層なものではなくて、当時の普通の日本盤、の中古盤。そう、日本盤というところに買う意味があった。このアルバムは、シングルとなった「Heartbeat」がいちおう代表曲ではあるが、それだけが突出することなく、全体を通して聴ける秀逸な出来。デビュー作のくせに大人し目なラスト曲「When the Sun」でしんみり締める辺りがセンス良い。なので、日本盤特有のボーナストラックなんてのは本来このアルバムには蛇足でしかないのだが、しかしながら、ボーナストラックのラスト曲である「So You Want To Be A Rock'n Roll Star」の出来が素晴らしいのだ。言わずと知れたByrdsのカバー。マッギン&ヒルマンの黄金コンビによる原曲は、どうやらByrdsと同時代のアイドルバンド、Monkeesを揶揄する目的で作られたらしい。「お前ら、ロックンロールスターになりたいんだろ? じゃあ小綺麗にして身なりを整えて、ギターを少し練習してあとはレコード会社に自分を売り渡せ。それで出来上がりさ」こんな曲。いや、俺は自分で訳してないが、いろんな人の訳した話だとどうもそういう歌らしい。ありがとういろんな人。しかしながら、そんな他人を馬鹿にするというネガティブな感情を元に作られていながらも、楽曲としては爽快感のある、素直にカッコいいロックナンバーになっている。そのカッコいい曲を聴きながら考える。Tahiti 80はなにを思ってこの曲をカバーしたのだろうか。まさかByrdsの尻馬に乗っていまさらMonkeesをからかってみたってことはないだろう。死者に鞭打つ的な。世代的に見てもおじいちゃんくらいの年齢の人たちに対して「お前らスターになりたいんだろ?」などと小馬鹿にするなんて話はどうにも考え辛い。ていうかそもそもMonkeesだってカッコいいんだよな馬鹿にすんなよ、いやこれは俺の主観だが。

 

単純にこれがいい曲だからってことも考えられる。それゆえTahiti 80以前から多くのバンド、ミュージシャンにカバーされた名曲だから、むしろカバーの先人たちに倣ったとも考えられるだろう。R.E.M.パティ・スミストム・ペティ& the Heartbreakersのアメリカ勢に、UKからはE.L.O.の前身バンドのMOVEもこの曲をカバーしてる。有名ながらベタ過ぎない、顔ぶれのいいラインナップだけに、むしろ、その列に加わりたかったのかも知れない。これはあると思う。

そしてさらに俺の憶測を付け加えたい。
上に記した通り、趣味のいい前例が揃っている状況で、憧れの気持ちを胸にその系譜に連なる。その上で、2000年にアルバムデビューするバンドとして、イバリの効く参照元を多く抱えておく、ということが狙いとしてあったのではないか。俺にはそう思えて仕方がない。その当時特有の格好の付け方。これには少し注釈が必要だろう。参照元を多く抱える格好の付け方というのは、その頃の空気感を知らないとちょっと理解出来ない感覚ではないだろうか。その頃、いや実際にはもう少し後だったと思うが、とにかく2000年のちょっとあとくらいの頃、音楽雑誌を立ち読みしていたら、こんな話が載っていた。相当前の話だから記憶は朧げではあるが、小西康陽Fantastic Plastic Machineこと田中知之の対談で、曲作りでの拘りの話だった。
仮に、作ってる曲にウワモノでストリングスを加えたくなったとして、自らのイメージ通りのフレーズをシンセで弾くなりスタジオミュージシャンを雇って弾いて貰えばそれで済む話なんだけど、どうしてもそのフレーズを古いレコードからサンプリングしたい、その元ネタとなるレコードを掘り当てたい、という話だった。
要は、ネタの所有自慢を含めた記号ゲームといったところだ。ブッダブランドの『人間発電所』のジャケって、ファンクバンドのMandrillだよね? みたいな話。なのでもし、仮にTahiti 80のメンバーにそのつもりがなくても、少なくとも日本盤を担当した人、この曲をボーナストラックに選んだ人には、そういう記号ゲーム的な思惑があったに違いない。

これは、このゲームは、本当に当時の空気を知らなかったら、マジでだからどうしたって話だと思うが、みんながこぞって軽はずみに真似たくなるゲームなんていつの時代もそんなもんだ。これについて考えてるうちに思い当たったが、当時の元ネタゲームの流行りを今に置き換えたら、インスタのタグ羅列みたいなものだと思う。あの、「続きを読む」をクリックすると、ズラーッとタグが並んでるやつ。お前のテントの陰に転がってるコットがヘリノックスとかマジで知らねえ、みたいな。

 

そもそもTahiti 80の日本での受容のされ方には、当時ワールドワイドな活躍で時代の寵児感のあったコーネリアスこと小山田圭吾が一役買っている。小山田がワールドツアーでフランスに行った時にTahiti 80のメンバーがデモテープを渡して、それを気に入った小山田が自身のレーベルコンピレーションアルバムに収録したところから、Tahiti 80の日本での快進撃は始まっているのだから、少なくとも、そういった当時の日本のマナーに則って日本盤が企画されたことは想像に難くない。

「So You Want To Be A Rock'n Roll Star」という「元ネタ」感のあるカバーが、ヒップホップのサンプリングという手法をポップミュージックにサンプリングして世界的に名を挙げたコーネリアスによって見出されたバンドの日本盤に収録されたというのは、よく出来た話だと俺は思うがどうだろうか。

それと、あまりに思い込み過ぎな俺の妄想だが、彼ら、Tahiti 80は、本当にロックンロールスターに憧れてたのかも知れない。つまりはMonkees側だ。周りからの揶揄を甘んじて受け入れた上で、それでもスター街道にエントリーする覚悟を表明したかったのかも知れない。そう思わせるくらいのロックンロール的なケレン味と勢いをこの演奏では披露している。これはあくまで俺の妄想だ。真実は判らない。ただ俺は、そんなドラマをこのアルバムから勝手に読み取って、当時、胸を熱くしていたってわけ。
それを最近、夜中に近所の中古CDも売ってる古本屋で日本盤(の中古盤)を見つけて思い出して、酔った勢いに任せてついつい買っちゃったんだな。

 

その後のTahiti 80の歩みは、まあ前述の通り。出すアルバムも出来の良いものばかりだけど、1stの時のような脚光を浴びるには至らない、身の丈に合った扱いって感じ。それにひきかえPhoenixはというと、実はこちらも紆余曲折を経ていて、俺的にはPhoenixの最高傑作だと思っている超カッコいい3rd『It's Never Been Like That』を2006年に出したあとに、何故か突然EMIから契約を切られるという憂き目に遭ってたりもする。いや、でも更にその後、急にアメリカでも人気出てグラミー賞取ったりもするんだけどね。


ここで冒頭の話に戻りたい。
リバプールの英雄、ロビー・ファウラーが地元を追い出されて絶望の最中にあった時、マイケル・オーウェンはずっと好調を維持し、前述の通りバロンドール取ったりしてた。更には、当時はちょっと低迷期で、名門ではあるけれど欧州リーグの中ではトップ中のトップというほどではなく、せいぜい古豪扱いといったリバプールでの大活躍を手土産に、遂にはバルサと並んで世界で最も注目を集めるであろう「銀河系軍団」こと、R.マドリーに鳴り物入りで迎え入れられ、背番号11を付けるという成功を手にすることに。
ファウラーとオーウェン。果たして、明暗は分かれたのだろうか。サッカーに詳しい人なら、この後の展開はよくご存知だろう。当時のR.マドリーには“怪物”ロナウドと“マドリードの象徴”ラウールという、絶対に外せないFWがいたため、新加入のマイケル・オーウェンは使われた試合でいくら結果を出しても、なかなか控えの扱いから脱することが出来なかった。ここまでサッカー選手として順風満帆に来ていたオーウェンのキャリアの中で、初めての挫折。結局、鳴り物入りで加入したものの僅か1シーズンで追われるようにR.マドリーを去ることとなり、失意で帰国したニューカッスル時代に出場したW杯でキャリア初の大怪我。そこからも長く現役を続けたが、結局は全盛期の勢いを取り戻せないまま、2013年、引退。

かたや、ロビー・ファウラーといえば、リバプールから放出された移籍先、リーズ・ユナイテッドで不死鳥のごとく復活する。その後マンチェスター・シティに移籍、そこでも好調を維持し、遂には古巣リバプールへの復帰を果たし、ファンから熱狂的に迎え入れられた。そこから先はまあ、ドサ回り的に色んなチームを渡り歩き、オーウェンの一年前、2012年に引退。
キャリア的に見ると、ファウラーはバロンドールを獲得したオーウェンには及ばないが、つい最近イングランドのサッカーファンに対して実施されたアンケート、「リバプール在籍時に活躍したストライカー・トップ10」では堂々の1位を獲得したらしい。
つまり、2人とも基準こそ違えども、それぞれ立派な評価を受けている。そんな2人の愛称は“ゴッド”と“ワンダーボーイ”。カッコいいじゃないか。

思うに、長いキャリアへの評価というのは、いい時もあれば悪い時もあるのは当たり前の話で、途中の一部を切り取ってそれだけで色々言うのは詮無いことだ。
その上で、観る者が記憶に残る印象を繋ぎ合わせて選手のイメージを作り上げるのは、事実と照らし合わせて正解ではないとしても、観る個々にとっては当然のことだと思う。つまり、観る者の数だけ、様々なファウラーやオーウェンが居るということだ。

 

そろそろまとめに入りたい。
とりとめもないこの文の肝とは、ロックンロール・スターだったりサッカー選手だったり他の色々だったり多くの人から耳目を集める人たちは、それぞれ色んな観客なりリスナーなりの思い入れ込みで存在してる訳だから、その思い入れの集合した、あやふやな部分を上手く使いこなして、自分が楽しく鑑賞するために面白がるのはいいと思うってことだ。そういう意味では、ここで九州・博多のベテランHIPHOPクルー、Tojin Battle Royalのアルバム『D.O.H.C.』に収録された、元横綱〜プロレスラーである双羽黒及び北尾光司の、今では当時の親方が金に汚かったなどの新事実の発覚によってその信憑性に疑問符が付く、主にネガティヴな従来のパブリックイメージに、確信犯的に則って丸々一曲分ラップしてる「哀愁SPORTS 冒険家」について言及しない訳にはいかないのだが、さすがに話が膨らみ過ぎるので割愛する。しかし、「フェイバリットカラー黄色のダークヒーロー」て。

 

というわけで、文字数を費やしてサッカー選手ロビー・ファウラーマイケル・オーウェンの対比、それにこの文の主役であるフランス産バンドTahiti 80Phoenixを重ね合わせてきたのだが、当然ながら、それらは俺の勝手なイメージの投影だ。いま名前を出した選手やバンドそれら同士に特別な因縁がある訳ではない。
前述の立ち読みした雑誌でのFantastic Plastic Machine 田中知之よろしく、自分のイメージに合う情報を都合よく繋ぎ合わせて、与太話を披露した訳だ。

それでも多少は事実関係を照合しとこうとWikipediaなんかで当時を調べると、俺の記憶との違いがままあって狼狽えたり。とりあえずそんなにサッカー大好きって訳ではない俺がロビー・ファウラーに興味を持つきっかけとなった事件、「ゴール決めた嬉しさのあまりに思わずゴールラインを鼻から吸い上げるパフォーマンスで気持ち良さをダイレクトに表現」が、対戦相手チームサポーターからの挑発に対しての行動だったことはいままで知らなかった。俺の中では、嬉しくってついやっちゃったけど各方面から物凄く怒られて試合後にしょんぼり謝罪会見させられてた奴という認識だったので、これはファンキーにも程があるだろと一気に興味が湧いたのだが。新事実に出くわすと途端に、躍動感溢れる愛すべきバカから、オアシスのギャラガー兄弟みたいなラッディズムアニキへと印象は変わるが、だからといって俺の中で育まれた、バカ可愛いフィクショナルなヒーロー、ロビー・ファウラーを殺す必要はないだろう。

ついでにいうと、マイケル・オーウェンマイケル・オーウェンで、キャリアの絶頂期で世界的なセレブリティだった筈の2004年に、何故だか日本の格安紳士服量販店のCMキャラクターに選ばれて「フレッシュマン オーウェンフェア」とかいう間抜けなキャッチコピーと共に、就活学生にも手を出しやすい値段のスーツ姿でTVCMに登場している。名前を使ったダジャレって、中堅演歌歌手とかじゃないんだからさ。確かに企業としては大手ではあると思うが、本人はブランドイメージとか広告のコンセプトとかをちゃんと把握していたのだろうか。スーツ姿が映える顔立ちだし、いかにも英国紳士然とした振る舞いのオーウェンはカッコいいのだけれども、ビシッとキメ顔のオーウェンに被さるコピーが名前を使った日本語のダジャレってのがねえ。もっと仕事選んでもよかったんじゃないかな。

つまり、この文のファウラーとの対比では、いけ好かない引き立て役みたいな扱いになってしまったが、オーウェンもまた、愛すべきキャラクターだということだ。

そうやってファウラーやオーウェンを愛すべきキャラクターと俺が勝手に認識しているのと同じように、Tahiti 80Phoenixを乱暴にキャラ付けして面白がってみた、という話でして。

 

それで、だ。
「So You Want To Be A Rock'n Roll Star」1曲のために購入したこのCD、さっそく家のPCに取り込んだところ、我が家のiTunesの云うところでは、どうやら既に登録済らしい。アーティストでTahiti 80を開くとアルバム欄に『Puzzle』と『Puzzle [Bonus track]』が並んでる。きっと以前にも酔った勢いで1曲のために買って取り込んだまではいいが、それで満足して、ろくに聴くこともなくそのまま記憶から抜け落ちていたんだろう。そうして忘れ去られたタイミングで、同じ盤を買ってきた今回、何年越しか判らないが、ようやく聴く機会が得られた、と。まあ聴きゃやっぱりカッコいいんだけれどね。

懐かしさで買うCDなんて大抵そんなもんだ。
というわけで、何の役にも立つことがなくなってしまったCDへのせめてもの弔いの意味を込めて、今回は文章量多めにお送りしてみた。