プラマーナスパイス

高井戸駅は改札はひとつだが出口は3つに分かれる。東急世田谷線の乗換に適した、改札を出てすぐ左側にある階段を降りて世田谷線の線路脇に出る出口と、改札を出て牛丼屋や本屋がある妙に薄暗いコンコースを直進し、その突き当たりを左右に別れる出口だ。左に降りると日大通りという商店街を日大方面に向かう道、右に降りると同じ道の反対方向で、しかし線路を境に名前が変わって駅前通りといい、一部で人気のジャズケイリンといううどん屋がある先は住宅街になっている。


このプラマーナスパイスという店は、コンコースの突き当たりから出た2つの出口の間にある。道路と線路が斜めに交差した、人通りがやたらと多い開かずの踏切の脇に店はあり、店の裏手にはご近所さんや街歩き好きで賑わっている下高井戸駅前市場が広がっている。この市場に入っている魚屋は新鮮で人気があり、また肉屋も評判がいい。夕暮れ時に、夕食のおかずの足しにと肉屋のコロッケを求める行列はこの辺りの風物詩だ。どうして俺がそんなことまで知っているのかというと、かつて下高井戸に職場があってここらに毎日通っていたからで、だからそれなりに土地勘はあるつもりだ。


とはいっても肝心のプラマーナスパイスは最近できた店らしくてまったく知らなかった。店の作りはなんだろう、クリーニング屋みたいな作りのカウンターに椅子を並べたというと判りやすいだろうか。これはもちろん店の作りの話で、調度品などは凝った物が置いてある。内装も落ち着いている。そして入口の扉は全開。外側から全容を容易に覗ける開放的な店だ。ちなみに夜は屋号を変えてバーとなる、最近やたらと増えた昼間だけ営業の、いわゆる「間借りカレー」だ。ちなみに昼間だけのみならず、営業日は金土の週2日だけという。扉全開なのに間口せっま。


話は逸れるが、夜に営業しているバーのことは記憶にある。入ったことはなくて前を通った印象なのだが、ヤカラっぽいのが店頭にたむろしてて、やたらと大音量でエグザイルみたいなのをかけていた店と記憶している。その音量に驚いて記憶に残ってる。なにしろ扉全開だからね。もちろん俺はエグザイルの曲なんて一曲も知らないので、その、ちょっと迷惑な音量の音楽が本当にエグザイルかどうかは判らない。ただ、エグザイルをちゃんと知ろうと思わない人間がイメージしたエグザイルを具現化したような音楽だったと思う。なので夜の店には正直、良い印象がない。まあそれも昔の話ですから。カレー屋は間借りだから関係ないし、そもそもバーも経営変わってるかも知れないし…。

 

熱暑が予想されながらも、時折降る小雨のせいか、割合に過ごしやすい天気の金曜の昼過ぎに行ってみた。暑そうながらそこまででもない気温の、雨上がりの日差しが柔らかい往来の中に開けっ放しの店は、なんだか映画『Rockers』に出てきそうな佇まいだった。特にそんな記号が店内に散りばめられている訳ではないけれど。


メニューはワンプレート1種のみで、その日はポークビンダルーだった。つい最近、自分でもポークビンダルーを作ってみて、その時は我ながら結構上手に作れた気でいたのだが、やはりプロの技を前にすると違いが歴然で暫し意気消沈、なんてことはなく目の前のカレーを美味い美味いとあっという間に食べ終わった。カウンターには色々な種類の、ご自由にどうぞ的なスパイスが並べられていたのに、それに気付く間もなく食べ終わってしまった。


夫婦なのかカップルなのか、はたまた只の仕事のパートナーなのか、男女でお店を取り仕切っている。女性が主に配膳などをしてくれたが、この人がお世辞抜きで美人だ。カレーだけでなくきっと人気が出るだろう。チラッと見えた男性もなかなか渋い感じだった。

 

さて、人通りの喧騒を背にカレーを食べ終え、ラスタ気分でひと息つく。それはなんとなく、暑そうていて実は涼しいという空気感で。そして食べてる間には気にならなかったBGMが、ふと耳に入ってくる。ここでかかっているのがUpsettersなんかだったら実に良い塩梅なのだが、実際にはFMラジオだった。そう、ラジオはラジオで味があっていいんだけど、あんな美味しいポークビンダルーを作る2人なんだから、音楽の趣味もきっと良いはず(偏見)。出来ればそれを覗き見たかったが、しかししょうがない。きっとJASRAC対策なのでしょう。こういうケースは結構ある。いちいち確認したわけではないが、数年前から飲食店に限らず店内BGMのラジオ率は上がっていると思う。もちろんJASRACにも言い分はあるだろう。でもなんかね。予め免罪符を大量生産しといて罪の意識と地獄の恐ろしさを説いて回る中世の宗教屋みたいに見えちゃって。

 

というわけで、JASRACの対処法を思い付いた。映画『Do the Right Thing』のラジカセのアイツの登場だ。これは妙案だ。つまり、常連にラジカセのアイツ、名前をラジオ・ラヒームというアイツを招き入れるのだ。そんで店の雰囲気に合った音楽を、いつの間にか気心の知れた仲になってたラジオ・ラヒームに持参したラジカセで鳴らしてもらえばバッチリじゃないか。「店などの施設で、市販のCDやインターネット配信された音源などにより、JASRAC管理楽曲をBGM(背景音楽)として流す場(JASRACホームページより引用)」ではなくて、あくまで、ファンキーな客が店に入ってきて爆音で音楽を聴いてることにすればいい。これで八方丸く収まってみんなニッコリ!

 

まあ、ラジオ・ラヒーム役のビル・ナンはちょっと前に死んじゃったんで、その気持ちを受け継いだ誰かがラジカセ担いじゃったらいいじゃない。誰でもいい、Do the Right Thing、良い事をしろ、だよ。でもだからといって、スパイク・リーの遺志をあまりにも忠実に受け継ぎ過ぎると、カレー屋の昼間営業の間だけでついついPublic Enemyの「Fight the Power」を15回も流しちゃうようなハメになって、たとえクラシック中のクラシックだとしてもいくらなんでも流石に暑苦しいから、音楽に興味ない人からすると結果的に夜のエグザイルとあんま変わんない状況に陥ってしまいそうなので、それはちょっと御免被りたいものですね。